タワークレーンの頂上で腰を抜かした
私が浜松で常駐していた建設現場では資材を取り込んだり廃材を搬出したりするために、タワークレーンが使われていた。タワークレーンの中でも所謂、クライミング式つち形クレーン(ハンマヘッドクレーン)と呼ばれているもの。つちとは金槌木槌の槌であり、ハンマーの事。
つち形クレーンは、塔形の構造物の上に旋回する水平ジブを設けたもので、全体の形状がハンマに似ているため、この名が付けられている。名称が長いので、言い方としては正確ではないが、タワークレーンとして話を進める。
このタワークレーンは非常に大がかりなクレーンで建物が一層二層と増えるたびにマストと呼ばれる円筒状の柱(直径約1.5メートル、長さ3.5メートル程度)を上に重ねながら延びていく。この円筒状のマストの中にはタラップがついていて最上部まで登っていくことが出来る。円筒ポストの接続している節に当たる場所には踊り場がある。
このため、タラップを登っている最中に滑り落ちても一応途中の踊り場で止まるようになっている。
ある日登ってみた
さて、施主側の施設課担当にYNさんという方が居た(愛称は洋ちゃん)。当時洋ちゃんは29歳くらい、私よりも3歳ほど年上。この洋ちゃんは背が高く黒縁のめがねを掛けていて実直でとても話しやすい人だった。ホテル売店で勤務していた女性と結婚され、二人はオシドリ夫婦のようだった。私は売店の女性もよく知っていて、結婚の経緯等を聞いた事があった。
洋ちゃん奥様「背の高くて素敵な洋ちゃんに声を掛けられ夢みたいだった。結婚出来てとても幸せだったのよ」と嬉しそうに話したのを印象深く覚えている。後にこの洋ちゃんは磐田で社長職に抜擢された出世株だった。残念ながら平成23年に若くして他界された。非常に残念である。
ある日、この洋ちゃんに
洋ちゃん!景色も良いですし、タワークレーンの上まで登らまいか?
という事になった。現在、管理者のいないところでそんな行為は許されないかもしれないが、当時は案外アバウトだったのかもしれない。確か、土曜日か日曜日の現場が休みの日だった。私が先に洋ちゃんが後に続きタラップを登った。私は順調に登り終わり水平ジブの上に到達した。そして、洋ちゃんが続いた。
腰を抜かした
ところが洋ちゃん、円筒からからジブの上に顔を出し、さあ、ジブの床(チェッカープレート)に足を掛けようとした瞬間、ジブの上に空いていた大きな穴(マストを吊り上げる為の穴)に気が付かず、片足を突っ込みそうになってしまった。つまり三十数メートルの高さで宙を蹴った様な感じ。
ああ~!
恐怖で押しつぶされそうな洋ちゃんの叫び声が聞こえた。我々の居る場所から下を見ると三十数メートル下の地面まで全く何にも無い。高所恐怖症でなくても震え上がる。洋ちゃんは思わず足を引っ込めたが、すっかり恐怖で腰が抜けてしまった。無理もない。
ペンペン草さん、ちょっと待って!
ああ、腰が抜けちゃったんだね。
そのまま落ち着くまで居れば良いよ。
すぐ治るよ。私は待っているから心配ない
ところが人間一度腰が抜けるとしばらくは復帰出来ない。暫くの間マストの円柱の中でじっとしていたが、最早動けない。平静を取り戻すまでに三十分は掛かった。高みの見物どころではなかった。結局洋ちゃんはジブの上に乗れないまま下に降りていくのだった。
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